組織の病理と自己認識 self-awareness

 

 

さて、ここでは、
ビジネス的な組織が、
陥ってしまう病理について、

具体的な事例をもとに、

見てみたいと思います。

 

これは、

ビジネス組織の妥当性が何か、

というテーマであるととに、

そもそもの、

人間の「人生の質」が、

何であるのかというテーマとも、

つながって来るものでもあります。



◆特殊な企業のケーススタディ

ここでは、
筆者が、昔、

在籍したこともある、
とある企業を事例にとって、
「組織における病理の構造」を、

ケーススタディとして、

見てみたいと思います。

少し特殊な環境下にあった、
企業ではありますが、
その生態を見ることで、
自閉的な組織の中で、
病理を再生産するシステムが、
より理解できると、
思われます。

さて、事例の企業は、
戦中から戦後にかけての、
歴史的な偶然で得られた、
流通上の特権による、

既得権益だけで、
成り立っていたような、
企業でありました。

そのため、結果的には、
歴史の流れによる、
産業構造(市場、メディア、消費者)の変貌によって、
命脈尽きたわけでした。


◆既得権益の構造

さて、
その企業の利益の源泉は、
業界内での位置により、
流通上の権益を、
得ていたことにありました。

参入障壁の高い、
特殊な流通形態の業界であり、
その業界の中では、
メーカーが、商品(情報商材)を、
小売店や消費者に届けるためには、
その企業と同業他社を経由しないと、
事実上は、
流通ができないという仕組みに、
なっていたのです。
(そのため、公正取引委員会も、
つねに注目するところではあったのです)

そのため、
新規メーカーが、
その業界に参入しよう思っても、
流通の壁が高く、
なかなか簡単には、
販路を開けない仕組みに、
なっていたのです。

直販で、

小売店や消費者に届けるルートは、

ほんのわずかであったのです。


古参の大手メーカーにとっては、
(古くは、それらが出資母体であったわけですが)
脅威となる、
新規メーカーの参入を防ぐとともに、
自社の販路が、
確保・優先されるという意味では、
同じく既得権益の保持という面を持ち、

悪くない体制だったのです。
つまり、業界全体が、
古い体質であったわけです。


①対市場的側面

さて、その企業は、

販売会社や商社を名乗っていましたが、

業界の流通部門として、
機能していただけであり、

事実上は、

商品を配分、運搬、在庫していただけの、

企業でした。

 

その証拠に、

その社の業績(売上)の実質は、
メーカーの、

時々の商品と販促力次第というところであり、
その会社(流通)独自の販売力なりが、
そこに介在する要素は、

ほとんど皆無だったのでした。

 

とある案件でやって来た、
或るコンサルタントは、
その会社の営業職が、
販売内容をハンドリングできる部分が
あまりに少ない様に驚いていたものでした。

 

また、昔は、

インターネットなどもなく、

一般の人々が、

各種の情報を得る手段というものは、

限られていました。

そのため、

消費者は、選択の自由もないままに、

その会社が扱う商品(情報商材)を、

特殊な販売チャネルを経由して、

購買することを余儀なくされていたのでした。

 

つまり、

既得権益のおかげで、

商品がコンスタントに創られていた時代は、

ただ流通させるだけでも、

業界の商品は売れ、

かつ、その会社は、

商品を運搬していただけでも、

売上が、自然に上がっていった、

というわけでした。

そのため、その会社は、

販売会社を名乗ってはいましたが、

奇妙なことに、
普通の企業が有している、
マーケティング部門という部署自体が、
存在していなかったのです。

商品と消費者を分析し、
そのマッチングをコントロールするという、
マーケティング機能(能力)が、
会社に存在していなかったのでした。

販売情報を分析。加工分析して、

価値のある、

メタ的なデータを創り出す(割り出す)、

マーケティング部署(機能)が、

なかったわけです。

 

その会社のデータ分析といえば、

平板な、量的な数量把握のみであり、

いわば高校生でさえ、

できるレベルのものしか、

なかったのです。

分析した情報内容それ自体が、

意味や価値を有する、

解析データやアルゴリズムなどとは、

無縁のものだったのです。

 

その状態は、

人間でいえば、あたかも、

脳や神経が存在していない、
というべき状態だったとも、

いえるかもしれません。

脳や神経は、
外部(取引先他社)にあり、
その付随(筋肉)反応のような流通業務を、
行なっていただけの企業でした。

 

筆者も、在籍中、

最低レベルの、

マーケティング部署(機能)がないと、

状況をひとつも変えられない旨を、

幾度か提言しましたが、

その本質的な事柄が、

その会社では理解できないようでした。

 

通常の企業では、

あり得ない事態が、
特殊な権益構造の条件下にあっては、
可能であったわけなのです。

そのため、実際、
その会社の社員の多くは、
自社のとり扱い商品の内容に対して、
驚くほど無知・無関心であり、
筆者自身、在籍中に、
その社員の口から、
扱い商品の内容(コンテンツ)について、
とるに足る意見を聞くということは、
ほとんど一度もありませんでした。

ところで、この事態の、

問題(重要)なところは、

このような点(社員のレベルの低さ)が、
業界内では、周知のことであり、

業界内の位置を、

確定してしまうということでした。

 

正当なゆえのあることですが、

その会社の社員は、

業界内でさえ、人間的・能力的に、
ひどく見下されて(軽蔑されて)

いたわけでした。

そして、

本人たちは、そのことに、

(鈍感な場合は)

あまり自覚を持ててない、

また、

(勘づいている場合は)

心理的に抑圧している、

ということだったのです。

いずれにせよ、

大変歪んだ状態であったわけなのです。

 

実際、

筆者自身、在籍中、
出会った他社の人に、
「この会社に、
あなたみたいな人もいたんですねぇ」と、
何度となく、驚かれました。
(不思議に皆、

このような同じ言い回しを使いました)
その会社には、

無知で馬鹿な人間しかいない、
という前提での口振りでした。

有名なR社の人には、

「なんで、その会社にいるんですか?

○○さんが、その会社で、やることあるんですか?」

と素で訊かれ、答えに窮したこともありました。


さて、つまり、

この企業の、
対市場的な側面での、

特性を挙げると、
以下のようなものでした。

・市場や消費者に関心がない。
・市場や消費者を正しくとらえられない。
・市場や消費者を正しくとらえようという意欲がない。

・市場や消費者に、価値を提供する意欲がない。
・市場と商品との関係性を、正しくとらえられない。
・市場や消費者に合った戦略・戦術をつくれない。
・市場や消費者に合った、価値を生みだす能力がない。
・市場や消費者、他社に対して、自閉的である。
・市場の時間の流れと、社内の時間の流れ(無時間的な流れ)との間に、解離がある。

・能力の欠如ゆえに、業界内での位置(身分)が恒久化されている。

結局、

市場価値に関わる要素は、
メーカーが作っている商品や販促活動に、
すべて内在しており、
その会社は、自社では、
市場に、

何一つ価値を産み出すこともなければ、
その必要性も感じていなかったのでした。


②組織運営的・文化風土的側面

自社の力で、
市場に価値を生みだすことが、
必要のない企業であれば、
自分たちの既得権益を強化するために、
既存の条件や特権、組織体制を、
延命・保守することのみが、
企業の運営の目的に、

なっていくものです。
いわゆる、官僚型組織のあり様です。

そのため、組織的にも、
官僚社会と同じく、

自部署の権益を増やす、
社内政治に長けた、官僚的な人間のみが、
出世するという、組織構造・文化に、
なっていたのでした。


残念ながら、
そういう人材は、基本的に、
市場に価値を生むような、
知性や創造力を欠き、
人格的にも、凡庸で、

幼稚な(歪んだ)人間たちばかりです。

もしくは凡庸な悪人たちです。

そのため、
企業全体の風土や性格が、
より凡庸で、病的、

センスの悪い、非創造的のものに、

なっていたわけでした。

そして、

問題ある点は、

前記の場合と同じく、

この点(人材のレベル)もまた、
狭い業界の中では、
取引先他社より、
つねに見透かされ、

軽蔑されていた点でした。


しかし、それは、

一目瞭然であったわけです。
扱っている(取引先他社の)商品さえ、
満足に理解できない、

レベルの低い人間ばかりが、
会社の上層部に、

揃っていたからです。

 

このような人間の本質は、

誤魔化すことが、

できない性質のものです。
ある有名大手メーカーの部長は、
「あの会社は、馬鹿じゃないと、
課長以上にはなれない」と、

語ってました。
それは、業界周知の、
恥ずかしい風景であったわけです。

 

退職した或る社員が、
ブログに、その会社のことを、
「業界一の嫌われモノ」

と書いていましたが、
在籍中も、なんとなくは感じていたが、
辞めてみて、はっきりとわかったと、
付言していたものでした。

そして、実際のところ、

とある企業調査を受けた際、
その会社の社員の持つ特徴として、
「他責性」が挙げられたようでした。

自分自身では、

市場に何の価値も生み出せない人間(会社)が、
業績不振の原因を、
どこに見つける(転嫁する)かと言えば、
それは、当然、
他者(他社)でしかないわけです。

価値を生み出す能力のない社員(企業)が、
自分を棚に上げて、
他責性の長けた人間(会社)になるのも、
必然的な事態ではあったのです。

嫌われるにも、わけがあるのです。

実際、その会社の会議の、
基本(デフォルト)の風景とは、
自分では何の市場価値も生み出す能力のない、
上位の職階者が、
自分でさえ正しい戦略が、

ひとつも分からないにもかかわらず、

(もしくは、間違った分析しかできないにもかかわらず)
出鱈目な言説で、

責任を、部下に転嫁するという、
他責的な光景であったわけです。


実際のところ、
筆者自身、在籍中に、
その会社の上層部や上位職階の人間から、
とるに足るレベルの戦略を聞くことは、
ただの一度も(何ひとつ)なかったのでした。

さて、このような企業の組織文化は、
大体、以下のような組織運用の特性を、

持つものです。

・(市場に価値を生む能力のない)上位職階者は、社内政治にしか意識を向けていない。
・社員は、上位職階者の意向・指示にのみ従っている(意識を向けている)。
・上位職階者は、より上位職階者からの施策・指示を、上意下達するだけである。
・社員は、毎日、既存のやり方(ゲーム)を反復するだけである。
・社員は、既存のやり方(ゲーム)を変えることができない。
・本質なレベルで、新しいゲームを唱えても、歓迎(理解)されない。
・間違った戦略・戦術・施策でも、途中で変更できない。
・未来に対しても、過去のやり方(ゲーム)を、ただ反復しようとする。
・長く在籍する社員は、この会社でしか、自分は通用しないと感じはじめる。
・既存のやり方を是とし、馴染んだ人間しか、会社には残らない。
・社員が、組織外に対して、自閉的である。

さて、
このような会社の大きな問題点は、
市場に価値を創り出す局面がないため、
社員が、社内政治と、

官僚主義的な、他責的管理以外には、

能力がなくなっていくという面です。

社会的に無能力化するという事態です。

そのため、創造性のある優秀な社員は、

早めに退職することになるし、
会社に残るのは、

人生のメインを、別の場所に置いている人や、

どこかで自分を諦めてしまった人、

または、価値を創造する能力のない、

凡庸で、官僚的な人間ばかり、
という事態になっているのでした。

しかし、
他社の商品力が高く、
業界の既得権益が維持されている場合は、
その方が、見かけ上は、
企業は堅調に存続するのです。


③偶像の黄昏 既得権益型企業の終焉

ところで、
インターネットの普及や、
関連するメディアの変貌により、

この事例の企業は、
独占的に販売していた、

商品(情報商材)が売れなくなり、
業績不振に向かいはじめました。

 

既得権益による安泰が、

崩れはじめたのです。


その後、十数年以上にわたり、
売上は低落し続けたのでした。
そして、その後も、
売上が上がる見込み(可能性)は、

論理的に考えれば、
当然、ゼロだったのでした。

しかし、そもそも、
市場的な価値を創るという要点が、
まったく欠如した企業であったので、
環境変化に対する分析や打ち手も、
当然、何ひとつ創り出せなかったわけでした。

ところで、このような、

末期的な業績悪化の中で、
大変、興味深い風景が、
出現したのでした。

(垣間見られたのでした)

この奇妙な(貴重な)光景を、
実際に見られたことが、
筆者自身、
最大の会得物であると、
感じられたものでした。

つまりは、
その光景は、いわば、
「病的な解離」とでも、

いえる諸状態なのでした。

そもそも、
筆者自身、在籍中、
(その会社がまったく有していない)
付加価値を高めるために必要な方途を、
さまざまな事業案として、
提案したものでした。

それらは、何ひとつ、実現しなかったわけですが、
会社の表面的な業績数字が、

比較的よかったこともあり、
そもそも、そのような本質的な事柄は、

理解されないものと、
その時は、了解したのでした。

業績が悪くなり、

症状が明確化したとき、

その必要性が分かるだろうと、

考えたのでした。


しかし、

業績が悪くなりはじめ、
急落下をはじめた時にも、
また今後、

売上は一切回復しないだろうと、
明確に判明した時にも、
事態は、
何ひとつ変わらなかったのでした。

つまり、
その会社は、
過去の通用しないやり方を、
何も変えようとしないばかりが、
むしろ、
その間違ったやり方に、
(それ以外のやり方が分からないというだけの理由で)
かえって固執していくように、

なっていったのでした。

山本七平の書物の中に、
別のやり方が分からないという理由のため、
間違った作戦行動をえんえんと続ける、
(死者を出し続ける)
日本軍の話が、
さまざまに書かれてありますが、
まさに、

その通りのことが起こったのでした。
アメリカ軍が、
日本軍とは、馬鹿を選んで参謀にしているのか、
と、訝しんだと言われますが、
事態は
まさにその通りだったのでした。

 

それは、

奇妙に、薄気味悪い、

風景でした。

 

それは、
普通の現実(市場)が見えている、

人間からすれば、
ただの狂気の光景でした。

普通のビジネスで考えれば、
ただの無能さといってしまえば、
それまでですが、

事情は、

もっと病的で、根深いことが、

推察されたのでした。


つまりは、

この事例の本質は、
「心理的な次元」であると、
気づかれたのでした。

会社全体に、

心理面での病気、

回避や抑圧、
解離症状が、
蔓延・進行していたのでした。

どうも、
社員の現実感(リアリティ)自体が、
おかしくなって(狂って)いるのですが、

その自覚awarenessも、

持てなくなっていたのでした。

 

貧すれば鈍すとは、

そういうことでしょうか。

元来、

官僚的、凡庸、非創造的、

抑圧的な企業風土のため、
鬱病で休職する社員は多かったわけですが、
現実遊離的な、
空想的な空回りが、
ますます進行していたのでした。

その会社の中で、
戦略や施策として、

語られていたことは、

普通の人が見れば、
市場的には(市場と解離した)、

無価値なことばかりでした。


価値創出型の、
普通のビジネスをしている人から見れば、
1ミリの妥当性もない、

たわごとでしか、

なかったのでした。


既得権益だけで存続してきた、
自閉的な企業体であったため、
世の中に、価値を提供して、
その適正な対価を得るという、
ビジネスの正道さえ、
完全に見失われていたのでした。

 

 

…………………………

つまりは、

市場を理解する能力を、

根の部分で欠いた、
会社の施策は、
何の妥当性もないままに、
(そもそも、その会社では、

中長期の経営計画でさえ、
15年以上も、存在していませんでした)
ますます場当たり的で、
支離滅裂なものになり、
破滅に向かっていったのでした。

 

そして、
辞めていく社員の後に、

欠員補充がない中、
社員一人当たりの業務量は増え続け、
過労で体調を崩したり、

入院や休職、退職する社員が、
徐々に増していきました。

 

しかし、そもそもが、
間違った出鱈目な施策による、
なんの市場価値もない労働であり、
まったく無意味なことのために、
薄給の社員たちは、

擦り減っていった、

というだけだったのです。

戦争期に、

日本が進んでいたプロセスが、
手にとるように、

理解できる風景でした。

病んだ集団の生態(破滅)とは、

こういうものかと、

大変得心がいくものだったのです。


さて、このような組織体は、
以下のような特性を持ちます。

・市場と解離した、誤った信念体系で、会社が回っている。
・問題が何なのか自体が、もはや分からない。
・自社の現実(リアリティ)に、気づきawarenessを持つことができない。
・自社の現実(リアリティ)を直視しない。
・正しいリアルな自己像を、持つことができない。
・歪んだ信念に汚染されていることに気づけない。
・他社にどう見られているかに気づけない。
・他社にどう見られているかを受け入れることができない。
・他社と正しいコミュニケーションを築くことができない。
・自己変革や自己刷新ができない。

 

 

このような組織の病理が、

個人の病理と、大変似通ったものであることが、

見て取れると思います。

 

もはや、

個人における心理的病いと、

同等の混乱と疾病が、

集団レベルで、

生じてしまっているわけです。

 


④自己認識awarenessと方法論

さて、以上、
とある企業を例にとって、
その病理が生まれるシステムを、

見てみましたが、

これだけでも、
いくつかの要点が見えて来たと、

思われます。

企業が必要とするものも、
個人の人材開発が必要とする要素と、
基本的には、同じなわけです。

企業も、
正しい自己認識awarenessを通して、
自己の能力や環境を正しく直視し、
その上で、

他社と公正に、実のある交流を行ない、
市場に価値を生み出す能力育成に、
努めなければ、
存続していくことは、
できないのです。

また、
自己に能力が不足している場合は、

それらの能力を育てるために、

学習・調達・訓練を行なったり、

自己の既存組織を解体、再編成し、

自己刷新しなければ、
存続発展することも、
また難しいというわけなのです。

そして、
その際の自己刷新のプロセスとは、
ゲシュタルト療法のパートで、
さまざまに取り扱っているような、
自社の複数部分の葛藤解決や、
再構成・統合という形で、
行なわれていくことでもあるのです。

そのような、
具体的な取り組みや方法論については、
別に、取り上げてみたいと思います。

 

 

 

 

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